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以前、「郡山」のブログでチラリと書いた赤膚焼。
→クリック 今回、縁あって薬師寺から赤膚焼奈良絵の絵皿を頂きました。 それがこれ。 ちゃんと薬師寺の図柄です(笑) この癒し系図柄に心奪われています。 以前にも書きましたが、昔は興味なかった図柄です。 しかし、色んな事があって、このほのぼのとした雰囲気が大好きになっています。 赤膚焼の歴史は秀吉の弟、秀長が郡山城主になった頃、尾張常滑の陶工・与九郎を招いて開窯させたのが起源だと言われています。 しかしながら諸説ありまして、江戸期の茶人であり、庭プロデューサーでもある小堀遠州や、清水焼の陶工・野々村仁清が指導を行ったと言う話もあります。 赤膚山の土を使い焼いた陶器ですので「赤膚焼」と言うのだそうですが、この赤膚山、「新続古今和歌集」にも登場する山だそうで、赤膚の名前はずいぶん昔から知られていたようです。 そしてこの肝心な「奈良絵」と呼ばれている絵付け。 これも諸説あるのだそうですが、郡山城・家老、里恭(さととも)により、お釈迦様の生涯を描いた過去現在因果経と絵因果経を手本にしたもので、現流は東大寺大仏殿の銅座の蓮弁図にあるとされています。 現在では宗教的な図柄だけでなく、上下二本の線の中に人形や家、奈良の風景や鹿、昔の物語などの紋様が描かれています。 奈良は三十歳を越してからでないとその良さに気付かないと言われているようですが(苦笑)本当に、色んな経験をして、最後に救いと癒しを求めるものにあふれている国のように思えます。 そんな奈良も今年は1300年祭で盛り上がっていますが、やはり観光客の年齢はかなり高いです(苦笑) PR |
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