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【2018/10/16 16:04 】 |
頑張れば・・・。
dw_rosoku01s.jpg島根県にこんなのがある。
ローソク島と言うらしい。
こんなに綺麗に見えるのは希なんじゃないかと思うんだけど・・・、遊覧船で行けるらしい。
詳しくは→こちら

kyota.jpgこれは京都タワー

これも頑張ればこんな風な写真が撮れるのかな?
もうちょっと角度を変えれば太陽の位置は先端に行きそうなんだけど(笑)
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【2008/12/13 16:20 】 | 写真回顧 | 有り難いご意見(2) | トラックバック(0)
娘のカメラ

itu.jpg風雪大荒れな時、遭難しかけながら(汗)旅行から帰ってきた真ん中の娘のカメラの中に、広島県・厳島神社の写真がありました。
厳島神社と言えば雅楽・蘭陵王。
見ればその蘭陵王が舞われているではありませんか。
これは良い時に行ったのだなとよく見ると、なんと結婚式。
凄いですね~。
最近は文化財での結婚式が流行っているとは聞いていましたが、ここで結婚式を挙げるとこういうのをまのあたりに出来るのですね~。

【2008/02/14 16:22 】 | 写真回顧 | 有り難いご意見(2) | トラックバック(0)
奈良の事

「鹿男あをによし」で最近クローズアップされている奈良ですが、犬養孝の「万葉の旅」と言う本の中で、飛鳥川と言う川が田舎町にある小川であったり起伏の多い土地を見て万葉集を読んでいた方が怪しむと書かれてありました。
こんな田舎町で本当にあのような国家が存在していたのか?と思われるのでしょうか。

私の家も実家も祖先を見ればみんな奈良の出身で、奈良から近世、この大阪に移り住んだ家系です。
奈良と言う土地は今も親戚が存在し、私にとってとても馴染みの在る場所でもあるため、何処に立っても大小の差はあるけれども、山が見える風景は当たり前だったりします。
様変わりしてゆく町並みですが、それでも道は今も続き、田園風景の残る細い道を歩き、次の目的地に行くのにたいそう歩かねばならないと言う土地柄は京都のような町とは違い、大きく広がっていた古代国家のイメージがそのまま感じられる土地だと思っています。

TVの「ヘキサゴン」で、知識は少ないけど経験から知った知恵ならずっと覚えていると言うタレントがおりますが、私もその口で(苦笑)体験しないと理解できないと言う性質であります(笑)
その場所に立ち、そこの空気を感じ、そこにいる人たちと話をして初めてその風土を感じることが出来ます。
人の心もまだまだ未熟ですが、さまざまな経験をつんでやっと理解が出来るようになっています。この年で歴史が好きになったのも最近でして(苦笑)
当時の人の心を汲み取ることが少し出来るようになってやっと理解できるようになり、歴史的背景や、風土を感じることで思いをはせる、そんな感じです。
本等もあまり読まないのですが、その土地に立ち、そこにいた人物を知り、興味が沸いたところで本に手を伸ばすと言う事ですので、知識の豊富な方からすれば「そうじゃないでしょ?そんなの知らなかったの?」って風に思われることも多く、知識人には「呆れた人間」に写るのだろうと思います。
現に、知識人でもある兄からはいまだに「お前はバカだ、バカだ」と言われ続けています(苦笑)若い頃はそんな兄が苦手でしたけど、今ではちょっと事情が変わってきています。最近では「知識より知恵」の方が心を強くするのではないかとひそかに思っており、何を言われても落ち込みますが、復帰も早いです(笑)

まぁそんな事で私は時間の許す限り出歩く事にしており、出来るだけそこに住む人と会話をする事を心がけております。
この私が住んでいる土地が実に交通の便が良いというのが幸いしているのが一番の理由かもしれませんが(笑)
大阪と言う土地に住んでいるのは本当に幸いしています。奈良にも京都にも神戸や滋賀、和歌山へ行くのもそんなに時間もかけずに行けるのは幸せですね。しかも、歴史が深い(笑)まぁ、そのせいで歴史にも興味が沸いたのかもしれません。いずれにせよ、40の手習い、50の手習いに近いかも(苦笑)年を取ってから私が知ってもいたし方がない気もしますが、子どもに伝えることは出来ることで、特に3番目は本が好きなので知識はあるけど実戦が足りないもので(まぁ、まだ20ですし)知識の無い私と一緒に出歩くと相乗効果が得られます(笑)

話はかなりそれてしまいましたが、奈良です(笑)
奈良と言う土地は奈良市だけを見てしまえば発展している感じが伺えますが、京都府もそうですが、奈良県と言う事になるとかなり広い。しかし、京都府と違って奈良県ははるかに交通の便が良く、行きたいところに気軽に行けるという利便性があります。最近勉強し始めた「万葉集」、これには様々な土地の詩が存在しますが、一番多いのではないかと思われる奈良を知っているからこそ、情景がリアリティに浮かんできて、その詩の風景が難なく思い描くことが出来ます。
飛鳥は今でこそ道路が整備され車で行くには便利になっていますが、自転車などで走るとその起伏がダイレクトに伝わり、この辺りが昔、どのような風景になっていたのかが思い描けます。史跡にたどり着くと、想像以上に景色が広がっていたり、こんなに風を感じる場所であったのかと思ってみたり、地図上では狭い地域ですが、いざその場所に降り立つと、何故か大陸的な空気を感じることが出来ます。
奈良時代と言う文化の基準が大陸にあったせいでしょうかね~。
表現しにくいのですが、こう、どーんと風景が広がっており、「凄い」って心から感じるのですよ。
ba22d393.jpeg町並みが現代的になっている場所でも、そこの土地に住む方は奈良を思う心に溢れており、こんな風景もあったりします。
これ、なんだと思います?
外壁になっている中央の石柱、なんだか妙な形になっているでしょ?これ、実は道しるべなんです(笑)「右に香具山」と言う道しるべです(笑)ご自分の土地の中に道しるべが立っていたのでしょうね。でも、取り除くとか避けるとかはせずに、こうして外壁の一部にされている(笑)

なんだかほほえましくなってしまいました。
こんなささやかの事でも奈良と言う土地柄を感じます。こういったことは行かなくては気付かないことですものね。

nara2.JPGおおらかですよ、ここの人は。これはご存知ですか?東大寺鐘楼です。「奈良太郎」と言う名前までついてます。これ、国宝なんですよ(笑)なのにこの釣鐘の下にはおみやげ物売り場があるのはご存知ですか?京都ならこうは行きません(苦笑)
東大寺大仏も写真がOKなんですよね。もちろん国宝で建物も国宝なんですが、中にはやはりおみやげ物売り場があります。商魂たくましいと思うのですが、何と言うか国宝なんかなんのそのって感じに伺えます(笑)「お水取り」で有名な二月堂も国宝ですがここに入るのは無料。
商魂たくましいのかと思えば、こんな風にあけすけで、奈良の人柄が良く現れている気がしますね。

奈良と言う場所は本当に飽きが来ない場所です。
お水取りが終わって暖かくなれば、いかがです?お出かけになられるのもいいかもしれません。

【2008/01/31 14:36 】 | 写真回顧 | 有り難いご意見(3) | トラックバック(0)
写真回顧2
kurama1.jpg鞍馬寺ですね。
これは去年の紅葉時のものですが、この時期は人で溢れます(笑)

鞍馬寺と言えば天狗を想像しますが、それは何処から来たんだろうとフト、思ったんですよ。
やはり「義経伝説」から来たのでしょうかね~。

鞍馬寺と天狗についてはコラムでも書きました。

kurama2.jpg鞍馬と言えばこの寅を眷属として持つ、毘沙門天を祀っているので有名です。
最初は毘沙門天だけだったようですが、いつの頃からか3神を祀るようになり、総称して『尊天』と呼ばれています。

コラムでも書いたように、なんだかパンフレットでは『尊天』と言う仏様が1体であるかのようなイメージを持ちますけどね・・・。

kurama3.jpgで、その中の1体であるここ、奥の院魔王堂の主・護法魔王尊なのですが、聞くところによると、羽が生えているそうです。
気付きませんでした(汗)
ご本尊そのものは秘仏ですので開帳されていないと思うのですが、「お前立ち」と言うレプリカがあったはず・・・。
まぁ、この奥の院ではなく本堂の横にある、光明心殿の方だと思うのですが・・・。
春と秋に二回も行っているのに、全く見ていなかったという事ですね(汗)
今度行くことがあれば是非確認したいところです。

kurama4.jpgで、何を書きたいかと言いますと、この奥の院大杉権現のある場所に、金星から650万年前に降り立ったという魔王様。彼(彼女?)の背に羽が生えているという話を聞いて、天狗のイメージが湧いたのですよ(笑)

何か関係があるのですかね~?

【2007/11/11 15:52 】 | 写真回顧 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
写真回顧

higannbana1.jpg写真整理をしていると、色んな事を思い出したり、疑問に思ったりします。

彼岸花は別名「曼珠沙華」とも言うのは何故だろう。

「法華経」から来ていると言うことは知っているのですが、どうしてこの名前が付いたのか。
「天上の花」
と、言う意味なのですってね。
しかし、ほら、日本では忌み嫌う名前が多いでしょ?
彼岸花からすれば「随分だわ!」と怒りそうな・・・(笑)
例えば、「死人花・地獄花・幽霊花・カミソリ花・狐花」等々・・・・。

私など、最初「曼珠沙華」と聞いて、形が仏教曼荼羅に似ているからなのか?と思っていたんですよね~。
「法華経」と言えば、即座に「天台宗」とか思う私ですが、これはいわゆる大乗仏教の経典で、何処の宗派にも所属していないというか、元本というか、インドから伝わった教えを中国が漢文化し、そして聖徳太子が手にしたお経なわけで、その中身は28に別れ、仏教説話も多く含まれており、絵本などにもなったりしているわけです。
まぁ、法典の話を書くときりがないので・・・・。
ここで書きたいのはその事ではなく・・・・。

以前、こんな記事を書いたことがあります。
単なるネタでは無かったわけでして・・・。

higannbana2.jpg彼岸花には毒素があって有害植物であることは周知の事実ですが、このように稲田の周辺に咲き乱れるのは、わざと植えているからだそうですね。
これは地中からやって来て、稲穂を食い散らかす動物除けなんだそうですよ。
昔の人はえらいなぁ~。
そう言うことを自然に言い伝えられてきて守ってきたワケなのですから。

で、そう言う意味で、もう一つの利用法があったそうです。


higannbana3.jpg人が死んでお墓に入れる時、まだ昔は土葬だったでしょ?今では衛生上の問題でそれは許されていないのですけどね。
で、その時、この花を植えたんですって。
死体を動物などによって掘り起こされないようにする為なんだそうですよ。
そんな話をしていたら、一緒に関ヶ原に行った娘が「関ヶ原、怖ぇ~」と叫んでました(苦笑)
まぁ、400年も経ってますから、あっても人骨だと思いますけどね(苦笑)動物に掘り起こされることは、もう無いでしょう。人骨を見ても気味が悪いと思わなくなっている自分の感覚がおかしいのでしょうかね~(苦笑)それは「死体」ではなく、「資料」だと感じる自分が居ます(苦笑)


彼岸花の由来は「彼岸になると咲く」だと思っていたのですが、別の意味もあったんですね。
「食べると、即、彼岸に行ける」って・・・・(汗)

こうして書いていると、なんだか人の死にかかわってくる感じの花だから、成仏を願って法典から引用した「曼珠沙華」と言う名前が付いたのでしょうかね~。

【2007/11/10 08:56 】 | 写真回顧 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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