忍者ブログ
  • 2017.11«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • » 2018.01
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【2017/12/15 03:49 】 |
大雲院

なんとなくリハビリを始めようと娘と一緒に行った場所でも比較的想い出の少ない場所と言う事で京都のここに来ました。
彼女が最期の4年間住んでいた京都とい場所になかなか足を向ける事が出来なかったのですが、気持ちもかなり落ち着いてきて、こんな事をしていても前に進めない気がして、あのこの為にも早く元に戻れなくとも、以前に近い生活に戻そうと考えています。いつまでも悲しんでいる事はあのこの為にならない気がして・・・。
gikaku2.jpg龍池山大雲院です。
丁度八坂神社の裏手あたりにあるお寺でして、観光客で賑わう祇園八坂神社・円山公園・ねねの道と言った有名処の真ん中にありながら、あまり知られていないお寺ではあるのですが、きっと「どうしてあんな所にコンクリートで作られた山鉾があるの?」と気付かれた方も多いかも知れません。
gikaku1.jpgこの写真をご覧になって「ああ、ここ知っている」と思われ方もいらっしゃるでしょうね(笑)
そうです、ここに行ってきました。
このお寺そのものが実は昭和48年にここへ移されたここでのお寺としての歴史は比較的新しい物です。
大雲院というお寺は元々烏丸二条にあったお寺でして、天正15年(1587年)に正親町天皇の勅命により織田信長・信忠親子の菩提を弔う為に建てられたお寺でした。
その後秀吉が「そこでは寺所が狭すぎる」と言う理由で寺町四条(今の京都高島屋)に移しました。ここの本堂には秀吉直筆の「大雲院」と言う勅額が残っています。
しかしながらご存じの通りこの辺りはドンドン商業地域になって行き、昭和になってここへ移転されたのです。
gikaku3.jpgこの土地は本来大倉喜八郎(ホテルオークラの創始者)の別荘があった場所でこの祇園閣も彼が90歳になった記念に建てた建造物です。金閣・銀閣があるのに銅閣が無いから作ったという噂もありますが・・・。
中は中国・敦煌にある莫高窟の絵を模写したものが内装の壁殆ど全てに描き込まれています。なかなか面白い絵で見ていて飽きません。そして特筆すべき事柄はここのランプ。いや、ブラケットと言うのですか?行かれた方は「面白いブラケットだ」と思われたでしょう。実はコレ、伊東忠太の作品です。

伊東忠太を知らない方の為に(笑)・・・こちら

hankyu5.jpg東京にある築地本願寺が一番有名ですが、実は旧阪急百貨店のあのゴージャスだった壁画(新社長になって外されたのは今でも残念です)も彼の作品でした。




話が逸れてしまいました(苦笑)
祇園閣は本堂の真後ろにそびえ立っています。コンクリートは寿命が短いと言われますが、昭和2年に建てられたこれは80年経っていますが今でも堅牢です(笑)
ここでのメインはやはりその眺望でしょう。東山を一望出来るんです。
gikaku4.jpgこの日は特に雨が降った翌日という事で景色がクリアで実に綺麗に展望出来ました。
「良い日に起こし頂けました」と説明係のおじさんに言われましたよ(笑)
祇園閣の前に狛犬もどきが御座います。説明のおじさん曰く、「これは狛犬ではありません。これは大倉氏の趣味でして、変わった獅子だとご理解下さい」とのことでした(笑)

そして、冒頭にも書いたようにここは織田親子の供養の為に建てられたお寺という事ですので、
gikaku5.jpg供養碑が勿論あります。

gikaku6.jpg
そしてもう1基。
三条河原で釜ゆでの刑にあった、あの大泥棒、石川五右衛門のお墓があるのもここ、大雲院です。
五右衛門は秀吉の命を狙った忍者であったと言う説もありますね。



祇園閣と大雲院は普段は非公開です。この日特別公開だったもので入れたんですけどね(笑)
9月30日まで開いておりますのでどうぞお立ち寄り下さい。

そう言えば・・・・。
yoshitune7.jpg産寧坂ですが。

gikaku7.jpg
なんと、石段からアスファルトに変わっていました!!
まぁ、危険防止なんでしょうけど、風情が・・・・(汗)

PR
【2008/08/31 22:01 】 | 他府県コラム | 有り難いご意見(2) | トラックバック(0)
<<去りゆくもの | ホーム | 上醍醐落雷?>>
有り難いご意見
そうでしたか・・・。
ここは普段は非公開ではなかったでしたっけ?と、ふとにわか知識で(苦笑)。私も京都は、そんなに一部を除いて詳しくはないのですが、本当にかつての都であった事がしのばれますね・・・。東山を一望できる・・・。いいですねえ。何時頃だったか忘れましたが、平安神宮のすぐそばに泊まりながら、そちらには全く行かなかった事もありますが(^^;;

 私も阪急ファン?でして、あれ?が、いとも簡単に・・・、と言うのは残念でなりませんが、さりとて、明治村あたりに行かれるのも・・・、と言う思いもありますが・・・。

 でも、いずれにしても、これからも京都あれこれ、よろしくお願いいたします。まだ残暑もありますので、お体だけはどうか、お気をつくくださいませ。
【2008/08/31 22:35】| URL | MU!! #529676d0a7 [ 編集 ]
Re:そうでしたか・・・。
はい、普段は非公開です。
しかし特別公開時に時折開く事もあるようです。
東山の眺望は、法観寺(八坂の塔)が開いた時、はいつくばるようにして見た事がありましたね(苦笑)
この辺りは保護地区でもあるので近代的な建物が少なく、大屋根の姿が美しいです。
法観寺も今現在開いていましたよ。二層まで登る事が可能です。

旧阪急コンコース、明治村にあるのですか?
今でも保存を訴えている方が多いのですが、新社長は明治維新な人で(苦笑)「古い物はダメ」と言う意志をお持ちです。
聞く耳持たないって感じですね。
【2008/09/02 07:58】


あ、
いえいえ、まだというか、旧阪急コンコースは、その後どうなったかはわかりません、すいません(^^;;。
ただ、安易にと言うのもおかしいですが、持ってく所もないし、そやったら明治村でいいんとちがう?、て言う風に移されたら、かなわんな~、と言う気持ちだったんです、すいませ~ん(苦笑)。
でも、ほんと、あの後どうなったんでしょうね・・・??
【2008/09/02 10:59】| URL | MU!! #529676ff21 [ 編集 ]
Re:あ、
あの後どうなったのか聞いてませんね~、てか、私だけが知らないだけかも。
イメージとしてはまだあそこにあるのではないかとも思ったんですが、あのコンコースの装飾があった場所に、売り場が増設されているので無くなっている可能性は大きいですね。
ステンドグラスと伊東忠太が担当した絵のあった場所、あそこは・・・、まだ中に残っているのかな?
【2008/09/10 10:51】


貴重なご意見の投稿















虎カムバック
トラックバックURL

前ページ | ホーム | 次ページ

忍者ブログ [PR]